7/25 株式投資では「億り人」へ届かず。副業が必要(その2)...

 

データベースシステムのソフトウエア製作

 私は転職経験のない老舗企業の事務系サラリーマンです。その傍らに「副業」の一環として、ExcelやAccessのソフトウエア製作をそこそこの金額で外部から引き受けていました。
 これが可能となったのは、インターネットが世間に広まったお陰です。そして、私の噂を聞きつけてやってきたのが、東証一部上場の名のある電機メーカーのシステム部門でした。

メールで製作依頼を受け、翌日に打ち合わせ...

 「製作契約と秘匿契約を締結してシステム製作を依頼したい。出向いてシステム概要を説明するので、直ちに見積書の作成・提出をお願いしたい。」との連絡を、月曜日夕刻にメールで受けました。
 サラリーマン業務が最優先ですから、私は「では、土曜日にでもJR****駅前で待ち合わせを..」と返信すると、「早急にお願いしたいので、明日(火曜日)にも御社へ出向きたい。」の返信あり。仕方なく、私が「午後10時以降なら時間を取れますが...」と返すと、「それでいいので、よろしくお願いします。」となりました。東京からやってくるらしいです、ワザワザ...(笑い)。

やって来たのが、バリバリのキャリアウーマン女史...

 その日、時間どおりに駅の改札口で某企業のシステム担当者一人が待ち構えていました。キャリーバックを引っさげ、スーツ着用のバリバリのキャリアウーマン女史です。始発が出るまで駅前の深夜喫茶でシステム概略の打ち合わせを行い、見積書をメール添付で送信することを約束して別れました。

桁が違う請け負い額...

 この打ち合わせ中に気づいたのが、ソフトウエア製作費の相場に関することです。桁が違うんです。0が2桁も違う。今まで5万円程度で製作していたのが、いきなり500万円を提示されました。併せて、特急料金として5割加算したいとの申し出もあり、ざっくりと750万円で請け負うことにしたのです。もちろん、構築するシステム規模は天地の程の差がありましたが...。

機能追加と仕様変更が多発...

 製作するソフトウエアは、輸出入業務から医療機関の在庫管理までを巻き込んだ医薬品全般のデータベース管理です。当時は日本仕様のバーコードと世界標準のバーコードが異り、混在も見られる黎明期で、更に業界特有の月末返品で月初納品、有効期限の入れ替え、日付先付の伝票納品、「おまけ納品」など数多くの「シキタリと因習」が残っている業界とその時期でした。

当時、ゼロから製作するのが一般的...

 今なら、出来合いのパッケージ商品を基にカスタマイズ化する手法が一般的ですが、当時は一から作成するしか手がなかったのです。完成品の保守管理は先方の社内で対応したい希望でしたから、「システム概要書」と「ソースコード解析書」まで付けたので、NECや富士通、NTT系列企業と比べると、ホント値段の安いものに仕上がった筈です。

最終請負価格が1,500万円を突破...

 このシステムは、製作が進むにつれて「機能追加」と「仕様変更」が多発して、最後には請負額が何と1,500万円を突破しました。超特急でせかされたこともあり、私も「吹っ掛け」たのですが、難なく通過したのです。もっと、金額を乗せればよかったです。相場知らずの私が馬鹿でした・・・。
 余談ですが、私さえ希望するなら「当該企業のシステム部門にヘッドハンティング」したい旨の要望書もいただいたのです。しかし、これは丁寧にお断りしました。何故なら、東京勤務は私の未来設計になかったからです。

ソフトウエア製作を廃業、不動産投資を副業にして打って出た...

 この後、ソフトウエア製作を3年程続けてからキッパリと辞め、得た製作費と手持ち現預金とを合わせて、遂に不動産投資へ打って出たのです。
 投資対象地域として、大阪市中央区と大阪市北区に狙いを定めました。東京駅、浜松町駅や品川駅から近い港区芝大門付近にも未練があったのですが、東京圏はさすがに遠距離であったこと、そして次期の狙いどころとしたかったからです。(続く...)